『キュータと夏の里帰り』
- 江戸川ユキト
- 2024年8月9日
- 読了時間: 3分
作:江戸川ユキト
梅雨も明け、青空に浮かぶニョキニョキとした雲が夏を感じさせる。
最近は突然の雷や豪雨に襲われることもあり、亜熱帯の国にでもなったのかと錯覚するぐらいだ。
人の手がほとんど入らない緑豊かな集落を私は歩いていた。

都内で暮らし始めてもう何年経っただろうか?
ふと気が付けば学生気分もすっかり抜けて少しは社会人らしくなったと思ったら
「三十路」の手前まで猛ダッシュしていたことに気が付いた。
「このままではいけない!」と思い、急にもがいてみても、
人生とはそう上手くいかないものだ。
そんなやるせなさや寂しさからか、犬を飼うことにした。
誕生日が自分と同じ「9日」だったので「キュータ」と名前を付けた。
キュータはとても人懐っこく、誰にでも秒で腹見せを披露する "人たらし" の天才だった。
それからは、どこに行くのも、だれと会うのも、何をするにも「キュータ」が生活の中心になった。

他人からは「お散歩とか大変だね?」とか、「どこにも行けないね?」
なんて言われたけれど、
そんなのは全然苦にならないほど、かわいいものだ。
それほど幸せなキュータとの生活は、突然終わりを告げられた。
ガンだった。
本当にあっという間に静かに息を引き取ったのである。
キュータを溺愛していたのを知っていた両親はそれとなく連絡をして、
「お盆は祖母の家にいくので」と、私に夏に帰ってくるように勧めてきた。
久しぶりに訪れた里山の風景がポッカリと空いてしまった穴に沁みるようだ。
日が暮れ始めて気温も少し下がり始めたころ、祖母がやってきて昔話をしてくれた。
「夏の暑い夜、人々が集まって盆踊りをする中、一人の少女が迷子になってしまう。
必死に探し回る家族の姿とは裏腹に、少女は森の中で不思議な光に導かれていく。
すると、そこには動物たちの霊が集まり、盛大な宴が開かれていたという。」
そんな話を聞きながら「キュータもどこかで同じように過ごしているのかな?」と目のあたりがじわりと熱くなるのを感じながら、自然と微笑んでいた。
日もすっかり落ちると、辺りは「リリリリリ、リリリリリ」と虫の音とともに
山からは涼しい風が心地よく包んでくれる。
縁側に座り、 ボーッ と遠くにあがる月を眺めていると、
突然シーンとなった気がした。
すると、その瞬間、林の木々の間を何かがすり抜けていく姿が見えた気がした。
「…キュータ?」
鼓動が高鳴り思わず後を追っていた。
先ほど見かけたところまで近づくと、少し奥の方でぼんやりと光る影が佇んでいた。
月あかりはあるものの山の中は暗く、ザワワワッと木々の擦れる音や
時折ガサッと姿の見えない何かの気配がする中を携帯の明かりで何とか足元を照らして進んでいく。
遠くにいた光る影は、少し追いつくと、また少し先まで離れてを繰り返す。
そうしてしばらく進んでいくとその光は次第に大きくなり、奇妙な形へと変化していく。
「キュータ⁈」
気がつくと急に開けた平地に着いていた。
月燈だけとは思えない優しい明りが灯っており、
里山の動物たちが集まって宴をしていた。
さながら夏祭りのようだ。
私の寂しさを感じ取り、キュータが招いてくれたのだろうか。
私は動物たちに囲まれて、優しい光に包まれて一緒に踊り、
光の中でキュータとの温かい記憶を鮮やかに思い出す時間を過ごした。
明け方、縁側で目を覚ますと昨夜の出来事が現実なのか夢なのかわからくなっていた。
ただ、私の心には温かいものが確かに残っていた。
「キュータ、ありがとうね。
また、帰って来てね。」

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