第三章「池田屋の叫び」 第一話 雨の足音と未練の地
- 江戸川ユキト

- 2025年10月19日
- 読了時間: 2分
時は遡り、元治元年京の六月。
重たい雲が低く垂れこめ、池田屋界隈の石畳を激しい雨が休みなく叩いていた。
戦の興奮も冷めやらぬ京の町に、しとしと、ぴちゃり――と規則正しく水が跳ね返る。
夜遅く、屯所へ戻る新選組の一団。
小林谷太郎は、そのいちばん後ろを飄々と歩いていた。
道すがら、仲間の一人の宜本京雲(よしもときょうん)がふいに立ち止まり、肩越しに振り向いた。
「なあ……さっきから、路地の奥で、誰かがずっとこっち見てる気がしてならない」

冗談めかした囁き――けれど、その目には微かな怯えがにじむ。
別の隊士が苦笑して「雨に濡れて物の怪でも出るのか」と和ませようとするが、空気は重く沈んだままだ。
池田屋前に差しかかったとき、不意に強い風が吹き、暖簾がはた、と揺れた。
その一瞬、小林谷太郎の耳に、溶けるようにか細い声が聞こえてきた。
「……帰りたい、帰りたい……」
その場にいた全員にはただ風の音――
“見える力”をもつ小林谷太郎の心の奥深く、その哀切な願いが、まるで実体を伴って流れ込んでくる。
(これは…… この地に残った誰かの、強烈な未練だ)
雨音の向こう、見えぬ眼差しが絡みつくように感じられる。
池田屋事件の夜に斬り伏せられ、家にも還ることなく土に沈んだ浪士たち――
まだこの京の夜路に、語られぬ叫びを残している。
歩を進めるたび、小林谷太郎の胸は重くなっていった。
昨夜までの怪異とは異なるおびただしい“哀しみ”が、じわじわと小林谷太郎を包み込んでいく。
池田屋の石畳。
そのしずくに消えぬ「帰りたい」の声が、静かに、だが痛切に、幕末の雨に響いていた。
※本作品は幕末応援企画で幕末をオマージュした独自のフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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