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第二章「斬られた影」 第四話 静けさと誓い

 

 

夜はようやく明け始めていた。雨も上がり、屯所の瓦屋根が薄青い光を受けて静かに濡れている。

 

宜本京雲(よしもときょうん)は、廊下の端で肩を落としたまま、遠くの空が白み始めるのをじっと眺めていた。

 

切腹の間の前、さっきまでうずくまる黒い影があった場所には、もう何もない。

ただ埃の積もった床板の隅に、不思議と一滴の水滴が残っているだけだった。

 

今しがたまでの出来事が幻のように思える。

しかし、胸の奥に残る冷たい感触と、影が最後に残した微かな感謝の響き――それが、京雲を静かに満たしていた。

 

ふと、背後に朝餉の支度をする隊士たちのざわめきが広がる。

誰も昨夜のことを口にしない。 “奇矯妖怪不思議の説を申すべからず”、その新しい法度が言葉を塞いでいる。

 

それでも、今朝の屯所には不思議な明るさが流れていた。

 

「ああ、なんだか今日は空気が軽いや」

誰かが小声でそう言い、別の者がかすかに笑う。

 

京雲はゆっくりと立ち上がり、自分の内に生まれた静謐な力を確かめるように息をつく。

もう一度だけ、切腹の間の前に膝をついた。

 

「安らかであれ。お前の名も、声も、俺が覚えている」

 

彼の言葉は誰にも聞こえなかったが、窓の外で風がやさしく吹きぬけた。

 

やがて朝日が差し込み、京雲の横顔を照らす。

どこか誇りと哀しみが混じった眼差しで、彼は新たな一日へと歩き出した。

 

怪異が消えても、忘れてはならないものがある。

それを繋ぐ者として、今日も宜本京雲は静かに、屯所の一員として溶け込んでいく。

 

こうして名もなき影は鎮まり、また一つ、隊士たちの「語られぬ誠」は心の奥へと積み重なっていくのだった。

 

 

 

※本作品は幕末応援企画で幕末をオマージュした独自のフィクションです。

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

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