第二章「斬られた影」第二話 夢と恐怖のあいだ
- 江戸川ユキト

- 2025年10月16日
- 読了時間: 2分
夜更けの屯所では、雨だれの音だけが眠れぬ者たちの鼓膜を叩いていた。
宜本京雲(よしもときょうん)は浅い眠りのなか、いくたびも悪夢に浮かされていた。

夢の中――
冷えきった廊下がどこまでも続く。灯の消えた切腹の間の前を、誰かがすう、と横切る気配。しめり気を帯びた黒い影。
それは背中をくの字に曲げ、恨みでも痛みでもなく、ただただ深い寂しさを引きずっている。
「……俺は、まだここにいる……」
低く、濡れた声が遠く響く。
京雲が立ち尽くすと、闇の奥で影が振り返った。
その顔は、輪郭さえぼやけて、ただぽっかりと口だけが動いている。
目が覚める。
額にはじっとりと汗。胸の奥に重りが乗ったように苦しい。
京雲は乱れた呼吸を整えて、寝床の掛け布団を押しのける。
“見える力”を授かってからというもの、夢と現の境目が薄くなった気がする。
谷太郎の想い――“誰かの声を見捨てぬ者”として、この恐怖もまた己の責任だと京雲は理解していた。
そのとき、ふと障子の向こうから微かな足音。
廊下で寝間着姿の若い隊士と行き遭う。彼は青ざめた顔で、しがみつくように呟いた。
「きょうさん……夢で、あの影に呼ばれた気がして――“傍に来てほしい”って……」
「大丈夫だ、俺も声を聞いた。今夜はお前に近寄らせやしない」
京雲はそう優しく言い、彼の背中をぽんと叩いた。
飄々とした語り口、だが眼差しだけは静かな鋭さを帯びていた。
外は、ますます深い闇。
京雲は、今夜こそ己が“あの影”と正面から向き合わなければならない、という確かな予感を、心の底で噛みしめていた。
(きっと闇の中、あの影は“名もなき嘆き”として、まだ誰かを呼んでいる――)
新たな力を手にした彼の覚悟と、言葉にできない恐怖。
それが、次の瞬間の静かな戦慄へとつながっていくのだった。
※本作品は幕末応援企画で幕末をオマージュした独自のフィクションです。
登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。
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