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第二章「斬られた影」 第一話 影、廊下に佇む

 

屯所の夜は、蝋燭の灯が揺れるたび、隅で何かが動いたような錯覚を誰しもが覚えた。つい先日の戦の余韻が、静かな空気の奥に沈んでいる。

 

剣の稽古を終えた若い隊士たちが囲炉裏を囲んでそっと声をひそめる。

「昨夜、切腹の間の縁側を黒い影が横切ったそうだ」

「いや、それだけじゃねえ。誰もいないはずの床の間から濡れた音が……」

 

ひとしきり噂が飛び交うが、すぐに全員の顔が土方副長のことを思い出したように引き締まる。去る夜制定されたばかりの新たな法度――“奇矯妖怪不思議の説を申すべからず”――。そのため、誰ひとり大声で語ることができない。

 

そんな重苦しさの中、宜本京雲(よしもときょうん)はひとり、囲炉裏端の端で茶をすすっていた。

彼は普段と変わらぬ、飄々とした物腰で隊士の肩を軽く叩き、

「怖がるくらいなら、いっそ徹夜で碁でも打たないか?」

と冗談めかして笑いをとる。

 

だが、京雲の胸の奥では微かなざわめきが続いていた。谷太郎から受けた“見える力”――あの夜以降、闇の奥底に微細な気配や囁きを感じ取れるようになっていたのだ。

 

廊下を夜番で歩くとき、ふっと冷たい風が背をなでる。

背後の闇、その向こうで、かつての仲間ではない“何か”がそっとこちらを覗き込んでくる。

 

(……また、呼んでいる――)

 

京雲は扉の影に身を滑り込ませ、明かりを手に静かに進む。

やがて、切腹の間の前に立つと、床板の上にうずくまる黒い影が、凍ったように動かずにいた。

 

隊士たちの噂話は、決して“ただの空言”ではないと、京雲はようやく思い知る。

彼の中で、旗とともに受け継いだ宿命が、再び目を覚まそうとしていた。

 

 

※本作品は幕末応援企画で幕末をオマージュした独自のフィクションです。

登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

 

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